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局でひとり筆をとりて

普段は灰も被れないオタクよりの高校生が、硝子の靴ではなくキーボードと美しい文化を以て時には古典の世界を賞賛し、時には世間をぶった斬ります

清らかに徒然に ~卜部兼好様のお人柄について~

 

 

この話を全くご存知ない方は驚かれるかもしれませんが・・・。

なんと!

兼好法師は自分が徒然草を書いた事を知らないのです!!!

・・・すいません、これは少し誤解のある表現だったかもしれないので訂正します。

正確に言うと、卜部兼好は随筆を書いただけであって徒然草を書いた訳ではないのです。

・・・どうですか、興味そそられませんか?ちょっと面白そうじゃないですか!?(こんな風変わりな記事見る人なんて元々興味ある人くらいしかいないわ)

 

えーと更に正確に言うとですね、彼には三つ呼び名が知られています。

まず最も有名なのが兼好法師。これが一番一般的なのかな?

そして吉田兼好卜部兼好です。因みに兼好は、自分は卜部兼好だと思っています。

 

兼好という人間は、最初は現代でいう会社員の様な人で、知識の豊富な優秀な人材でした。

しかし、ある日突然辞表を提出します。え?あの時代に辞表があったかって?知りませんよ!?←(蹴叩罵)

理由は諸説ありますが、詳細は不明なんだそうです。

そして兼好は出家し、いわゆる世捨て人になります。これが兼好法師吉田兼好吉田神社に因む)と呼ばれるようになった所以です。

それからは人生とは何かを考えながら歌を詠んだり人の歌を評価したり・・・と文化人らしい生活を始めます。なんと恋文の代筆までしていたそうです!

兼好が書かれたものの中で私が個人的に好きなのは、鼎を被ったお坊さんのエピソードと弓矢のエピソードです。

 

兼好はおどけた表現も物事の本質を突いた言葉も一つの物語にまとめてしまうから本当に凄い人です。しかもそれを全て「徒然なるままに」生み出しているので尚更です。

 

しかし、兼好は自分の書いた美しい文章を障子のあて紙に使っていたそうです。別に自分の言葉を後世に遺したかった訳ではないのです。

 

そもそも兼好は、自分が才能のある人間だと思っていませんでした。

自分が徒然なるままに書き綴るのは、自分に筆を取らせるこの世が面白いからだと考えていました。

彼は、この世で最も世を愛した世捨て人だったのです。

ひねくれていても、ニヒルであっても、この世界が大好きだったのです。

私はそんな卜部兼好が大好きです(途中から愛の告白になっていますが敬愛であって異性への感情では以下略)!

 

<鼎を被った坊さん>

出家する稚児の俗世への別れを惜しむ宴の席で、一発芸として鼎(三脚の鍋)を被ろうとした僧がいた。

見事に鼎に頭が入り大受け。しかし、いざ抜こうとするとビクともしない。

医者に診せてもこんな事例は今までになくどうすることもできない(当たり前だ)。

だが、人はいずれ死ぬものだから、こんな無様な姿で死ぬよりは顔が抉れた方がマシだと言って、鼎の隙間に藁しべを入れ、力を合わせて引き抜いた。

結果、鼻や耳はもげてしまったが、無事に(無事か?)助かったということである。

 

<弓矢>

弓矢の名手が言うには、練習する時に矢を二本用意してはいけないのだという。失敗してももう一本ある」と思うと油断が生まれてしまう為、集中力に欠けるのだろう。

 

 

因みに兼好は幼い頃、父上の「仏とは人間が仏の教えに導かれてなったものである」という理論を「ではその前の仏、その仏の前の仏・・・最初の仏はどうやって仏となったのですか」と論破したという。優れた人は幼少期からそうだったらしい。

流石です!!!