局でひとり筆をとりて

普段は灰も被れないオタクよりの高校生が、硝子の靴ではなくキーボードと美しい文化を以て時には古典の世界を賞賛し、時には世間をぶった斬ります

(最近濁ってきた気がするが)清らかに徒然に 〜思考回路まとめてみよ3〜

次は…うーん、相棒の話をしよう。一番叱られそうだけど←
前回よりも正直難しいです

まず彼がどういう人なのか書いていくか…
彼と私は似た解釈や好みこそあるものの愚弟ほどシンクロしているわけではありません。ただ相手の様子や求めているものが何となくわかる、というのはあります。少なくとも私には多少あるつもりです

なんというか…すごくいい奴、です。自分の語彙力の無さ呪いてえ
彼は自分の人柄を過小評価していますが(自分の人格に自信があるというのも逆に珍しいですが)、私は彼が善人の部類に入ると普通に思います
時々ストレスが爆発するのか私に唐突に長話を始めることもありますが、まあ私が言いやすいのならそれで結構。私も普段お世話になってる分助けになるなら嬉しい

で、何故前回より難しいかというと…愚弟より色々と理由をつけづらいからです
それなりに長い付き合いだし、「どういう関係なのか」と聞かれることは今までに何度もありました。部活の先輩複数からは期待(意味深)されていたほどなので
更に言ってしまうと、私は彼と連む時の居心地が良すぎて「こんな人が伴侶になったらどんなに楽しいだろうか」と感じるほどなのです。が、これはどうも恋愛感情ではないようなのです(というか彼は私の好きな人が誰かわかってるしそいつと仲良しだし偶にそいつとの仲良し自慢してくるし以下略)

だいぶ考えをこねくり回して辛うじて出来た言葉が「許し過ぎてて身体許してない(言い方)」でした
同じような状況でも愚弟に隠し事をされると「んー、まあしゃーないな」と思いますが彼に対しては「いいけど…水臭いな」と感じることがあります。付き合いが長い分相手を理解出来ていないことにもどかしさが出てくるのかもしれません
あと私は好き(恋愛感情で)というのが「寄り添いたい(何でも知ろうとしたり束縛したりはしない)」「身体を重ねてもいいと思える」ことだと思っているので、単にパーソナルスペースが狭くなるだけでは何か違う気がします
(※年齢が18↑になったので表現が調子乗ってる部分があります殴っていいよ)

…やっぱり相棒に関しても違うという結論に辿り着きました
最近では人に説明する時「相棒」や「兄弟」ではなく「戦友」と言うことも増えました。これは今まで同じ環境で生活を送ってきて、高校を卒業してそれぞれ違う環境で過ごすようになったからだと思っています

愚弟も勿論ですが彼も私にとっては他にない存在です。これを性的な目で見るのは正直つらい
長くなった赤毛を結いそばかすの薄れたアンが、ギルバートの告白を「私たちの友情に泥を塗った」と言って(いたはず)いましたが、正にそれですね…

え?でもふたりは結婚したって?
知らん(真顔)
あっちはあっちじゃ